「諸葛亮。」
劉備はつぶやいた。
そのつぶやきに、近くにいた諸葛亮が返事をして、劉備の方にふりむいた。
「いや、何でもない。少し散歩に出かけてくる」
劉備は苦笑いをこぼし、部屋をあとにした。
外にでると、程よい陽気があたりを包み込んでいた。
こんなに空はいい天気だというのに、劉備はため息を吐き続けていた。
「お兄さん、ため息ばかり吐いてちゃ、運気も逃げちまうよ」
突然に話しかけられた劉備は少し驚いた。
が、行商の男性は彼を劉備とは思わず、いつも通りに声をかけてきたようだった。
「お兄さんにいいものがあるけど、どうだい?」
「いや、私は・・・」
はっきりと断りきれずにいると、行商の男はこれぞとばかりに荷物の中から小瓶をとりだした。
少し薄いピンクがかかっている透明の液体。
劉備はいぶかしげに見ていると、男はにこにことしながら、小声で話しかけてきた。
「実はこれは異国から手に入れた〈秘薬〉で、これさえあればため息なんてふっとんじまうさ」
〈秘薬〉ときいて、劉備はギョッとした。
噂や話程度でしか聞いたことのない存在。
興味はあるといえばある。
しかし・・・。
「特別に少し分けてあげるさ、少量でも最高な気分になれるってんだから」
半ば強引に進められ、劉備は断れきれずにそれを受け取る羽目になってしまった。
今度は買ってくださいよ。と笑顔で言われ、苦笑いをこぼしながら、
その場を去っていく男に劉備はしばらく見送っていた。
自室に戻った劉備だが、それでもため息は途切れることはなかった。
「諸葛亮・・・」
ため息とともにこぼれるのは軍師である諸葛亮の名前。
一方的に好きになってしまったこの気持ちを抑えながら、劉備は日々送っていた。
そう、劉備は君主でありながら、臣下である諸葛亮に好意を抱いてしまったのだ。
その気持ちに気づいたのはつい、最近のことだった。
諸葛亮が軍師として、他の地へ赴いたとき、何日も劉備の元から離れた時期があった。
それまではそんなことは多々あり、劉備にとってはなんでもなかったはずだった。
それなにの、その時は違っていた。
急にさびしくなり、ぽっかりと胸に穴があいたような、喪失感がこみ上げ、食事ものどを通らなかった。
皆が心配してくれたのだが、あまり元気にはならなかった。
頭の奥をかすめるのはなぜか、側にいない、軍師の諸葛亮のことばかり。
ただ、あの柔らかな表情で、〈殿〉と呼んでくれるだけでよかった。
帰ってきたとき、それまでの喪失感やさびしさはいつの間にかなくなり、
あのニコリと笑みを浮かべて、ただいま戻りました。と、自分に声をかけてくれた。
その瞬間が、たまらなく、うれしかったのを覚えていた。
それから、だった。自分の気持ちに変化を感じ、気づいてしまったのは・・・。
劉備は寝台の上に腰を下ろし、再びため息をもらす。
あの腕の中に抱かれたい。
ずっと彼の温もりを感じていたい。
あの声で、つぶやくように、やさしく、名前を呼んで欲しかった。
だが、叶わぬ想い。
いや、命令すれば、臣下として諸葛亮ならば、してくれるだろう。
「孔明・・・」
そっと、口にしてみる。愛しい名を。
それだけで身体が熱くなるのが、わかる。
心臓がドキドキと脈打つ。
「孔明」
ポツリと無意識に言葉が流れる。
両腕で身体を抱きしめる。諸葛亮に抱きしめれているような錯覚を起こさせる。
瞳を閉じれば、目の前にはかの愛しい姿が名を呼んで、抱きしめてくれる。
――孔明・・・抱いてくれ・・・――
心の奥でつぶやく。
想像上の諸葛亮は、劉備の身体を優しく抱きしめ、唇に口付けをする。
甘く、優しいそれは、劉備の心を溶かしていく。
それだけで、劉備の身体はさらに熱くなる。
――殿――
孔明の本物ではない声がささやきかける。
首筋から流れる、孔明の愛撫のあと。
その一つ一つが熱い熱を持ち、劉備の感情を高ぶらせる。
やがて、諸葛亮の手が劉備の根元まで届くと、劉備の身体はビクンとふるわせる。
ゆっくりと上下運動を繰り返しながら、その諸葛亮の手は劉備に快楽を植えつける。
――殿――
再び、諸葛亮のささやき。それも相まって、劉備は勢いよく、己の欲求の証を吐き出した。
寝台の上で、劉備は放心していた。
一人でイッてしまった。諸葛亮の姿を想い描きながら。
こんな姿を誰にも見せられたものではない。
劉備は自嘲な笑みをこぼすと、しばらく、窓から見える赤く染まりつつある空を眺めていた。
「殿、諸葛亮です、入ります。」
そんなときだった。勢いよくノックがされ、ドアが開いた。
びっくりとした劉備は服を整えようとしたが、間に合わず、そのままの姿を諸葛亮にさらけ出す羽目になった。
「殿、これは失礼を・・・。」
一瞬、目を大きくした諸葛亮だったが、冷静にそういって、部屋から退室しようとした。
が、それを劉備が引き止めた。
「かまわぬ、急な用があるのであろう?」
劉備は衣服を整いながらも、冷静でいる自分に驚いていた。
諸葛亮は主君にそう言われれば、帰ることもできず、そのまま、劉備の側に歩み寄る。
服の間から見える赤く色づいた肌。
つい今しがたまで、していたであろう情事の後の名残とほのかに漂う香。
「諸葛亮、すまない。こんな姿をみせてしまった・・・」
「いえ、そういう時もございましょう・・・」
諸葛亮はそれしか言葉が思い浮かばなかった。
用があって来た諸葛亮だったが、言い出すタイミングを逃し、それ以上互いになにをいうのでもなく、なんとなく気まずい雰囲気が包んだ。
「孔明・・・」
不意に名を呼ばれ、諸葛亮は顔を上げた。
「これは何だと思う?」
劉備はそういって、行商から分けてもらった、〈秘薬〉を諸葛亮に見せた。
さすがの諸葛亮は驚き、目を大きく開いた。
「これをどちらで・・・?」
「さっき、行商の男にわけてもらったのだ・・・。異国の〈秘薬〉だそうだ」
クスリ、と劉備はいたずらっ子のように含み笑いを浮かべた。
「お前を・・・想像していた・・・」
諸葛亮はその言葉が一瞬、理解できなかった。
「殿?」
「孔明、お前には迷惑な話だろうが、私は・・・・」
劉備は言い終わらないうちに、〈秘薬〉を口にすべて含んだ。
そして、諸葛亮の顔に手をのばすと、自分の方に引き寄せた。
ひきつけられるように、諸葛亮は抵抗することもなく、互いの唇は静かに重なった。
コクリ
と互いの喉の音が響くと、二人の唇は離れた。
「殿!?」
劉備から口移しで飲まされた〈秘薬〉。
その半分は劉備自身の喉を潤している。
「お前がどう想っているかしらぬ。ただ、私は・・・お前に抱かれたい・・・。許してくれ、孔明・・・」
劉備は一方的に想いをつづると、再び、唇を重ね合わせる。
柔らかい唇の感触が諸葛亮の身体を熱くさせる。
〈秘薬〉のせいなのかはわからない。ただ、互いの身体に火がつき、とめる事ができなくなっていた。
窓から見える月は二人を見守るように煌々と輝いていた。
「貴方はひどいお方ですね・・・殿」
劉備の寝顔を見つめながら、諸葛亮は苦笑いを浮かべて、つぶやいた。
「私の気持ちをお聞きにならないとは・・・」
後悔は諸葛亮にはなかった。
彼もまた、劉備に想い寄せていたからだ。
臣にして君を愛してしまったなど、いえるはずもなく、ともにいるには軍師としての自分なのだろう、と思っていたのだ。
それゆえ、今回のことは驚いていた。
もし、仮に自分が劉備に想いを寄せていなかったらどうしたのだろうか。
ふっと、そんなことを考えながら、諸葛亮は劉備の額に唇を落とした。
「結局、仕事の話はできませんでしたね・・・。」
諸葛亮はつぶやくと、再び、愛しい人の顔を眺めながら、幸せの眠りについた。
後日談であるが、劉備が目を覚ましたとき、
「ぎゃー、私はなんてことをっ!!」
己の積極的な行動にびっくりしていた劉備がいた。
おわり